2011年12月10日土曜日

ニュージーランドへ 避寒の旅

すっかり真冬の寒さになった日本。東京エリアも 毎日 気温変化は有るものの 確実に寒さに向かっているこの頃。

 地球の裏側・南半球ニュージーランドでは 気候も正反対。着々と春から夏へと向かって居る今なのです。

 私は「避寒」としゃれて、ニュ-ジーランドに出かけて来ます。
と云っても 実は、此の国に住む娘一家を訪ね、今年3月に 主人・宮内を亡くした心の空洞を埋める為の旅なのです。

 彼ら一家が住むのは 北島にある この国最大の都市・オークランド。
 
 この街は つい最近発表された「世界221都市の生活の質ランキング」で 何と「世界で第3位」となりました。

 評価は 政治・経済の安定性や治安状況、学校教育の充実度、公共交通網 等ナド 39項目でのチェックが基準になるとか。

 ちなみに 1位はウイーン。 ヨーロッパではドイツのミュンヘン4位、デュッセルドルフ5位などが上位。
 アジアではシンガポール25位がトップ。
東京は46位(昨年は40位)、横浜、神戸は共に49位。
アメリカは ホノルル29位がやっとで、 最低はバグダットだとか。

 オークランドの気候は温暖ですし 治安は良い上、景色も 食べ物、ワインも素晴らしい。加えて人々は 大変に温かく フレンドリーです。

 政治がしっかりしていると、住む人々の気持ちまで こんなに優しくなるのか と感じる此の国。

 オークランドの 「世界第3位の素晴らしさ」を 娘の家族と共に 楽しみ、心を癒して来ます。

 帰国しましたら 此のブログで 又、新しい発見など 色々と御報告致しますので どうぞお楽しみに御覧くださいませ。

   良いクリスマスを!!!

2011年12月4日日曜日

大阪のダブル選と これから・・・

大阪に出かけたのは 市長・知事のダブル選の翌日。

 新幹線を降りて、乗ったタクシーの運転手さん。
私が大阪人でないと知るや かなり興奮気味に 「いやー 昨日は 大阪中が選挙一色でしたよ!!」と嬉しそう。

 私とて 週刊誌その他が散々取り上げて来た 橋下さんの出自その他を知らない訳ではないが、例え何であれ 彼の掲げる目標と実績、行動力とそのエネルギーには 喝采を送って来た一人。
応援気分を持っていたといえ、驚いたのは、その得票数の大きさと 投票率の高さでした。
 
 これこそ 全ての日本人が 痛感している 「現在の政治家達への不信感」と「日本の将来への不安感」の現れ。
例え、独裁者と云われても 彼が 自ら描く目標を実現させてきた手腕への期待感が 如何に大きい物か 痛い程まで理解できます。

 全く頼りにならない 民主党や自民党など。
例え衆院総選挙を迎えても、実行出来ない「ばらまきマニフェスト」で終わる民主党、上げ足を取る事しか出来ない自民党。
「投票したい人が全く見つからない!!」と 失望感しか持てない私達でした。

 かつての自民党時代に 二大政党制なら・・と選んだ民主党が とんでもない「愚か者と 悪賢い輩の集団」と分かった今。
「一体 誰を選ぶべきか」・・。
 その答えが 橋下さんを生んだのです。
この流れは必ず東京にも 起こる筈。

 此れからの彼。 「政治は数」と唱える彼に、すり寄るあまたの人々を しっかりと選別して欲しいものです。

 中でも 「地元の公共事業発注に“天の声”を発する政治家」「幾つもの党を創っては壊し、政党助成金を独り占めし、子分を集める」等 暴力団以上の暴挙を平然と行って来た人物には目を呉れないよう願いたいものです。

 大きく変わって行くべき「日本の政治」。
タレント上がりや、2世3世政治家に目を奪われることなく、しっかりと国民の為に働く人材を 見極め、選ぶ事こそ国民の成すべき道。

 私達が しっかりせねば、「ずる賢い、自己利益に走る とんでもない政治家」を生みだす事になるのを 改めて強く反省・確認したいものです。

 橋下市長の誕生を機に 選挙民としての責任を痛感した私でした。

2011年11月15日火曜日

アメリカ大使館でのパーティー

“デザイナー マイケル・コースを迎えて”


 11月初め、アメリカ大使夫妻からの 招待状を手に 大使公邸に向った私。

 招待状には 大使夫妻の名前で「マイケル コースを迎え・・」と書かれると共に、但し書きで「身分証明の為、パスポート持参の事」とありました。

 ファッションの世界で何十年も仕事をしてきた私にとり、様々な国の大使公邸へのお招きは 全く 珍しい物ではありません。
フランス、イタリーに英国、スペイン・・・思いがけない国からもお招きを頂き「何故 私?」と頭をかしげる事も度々です。

 所が、此の何十年間に 一度も伺った事の無いのが アメリカ大使館でのパーティー。
「マイケル・コースのデザインが好き」以上に 「何故? 私まで?」とその理由を知りたくて 出席しました。

 小雨交じりの当日、御招待は 何と夜の9時。


 その夜は、雑誌「ヴォーグ」の呼びかけで 「東京表参道・青山周辺のファッション店が夜まで店を開け、其々が 特別趣向で客を集め 楽しみながら 此の不景気を乗り越える為の買い物を!」 との企画が行われていました。
 
 “Fashion’s Night Out” と呼ばれる此のイヴェントは 2009年, 大不況のニューヨークで  「ヴォーグ」の呼びかけで始められたものを 「今年は大震災で大変だった日本で。東京で」とプランされ、其れに合わせて来日した デザイナーのマイケル・コースの為に 大使御夫妻がパーティーをプランされた という訳。

 此の日、東京には 「世界中で発行されているヴォーグ誌」の編集長が集結。

 あの「プラダを着た悪魔」等で 一躍 世界中の人々から 興味と注目を集め 「全ファッション世界を支配する大権力者」 と言われるアメリカン ヴォーグの編集長 アナ・ウインターも 当然ながら来日。

 彼女が来日するとあって 米英仏伊日等 多くのデザイナー達も追いかけて来日するやら イヴェントを行うやら 右往左往の大騒ぎ。

 その夜 虎ノ門傍のアメリカ大使館門前には 多くの人が集まり 検問が行われていました。

 門内、長い歩道の両サイドには トーチが配され、中々良いムードです。
館に入り、再び 扉から 庭へ。
 その先には 巨大な白いテント。 大きなシャンデリアが6個輝き、沢山の白いソファーには 白黒柄の大きなクッション。

 シャンパンはクリコ、フィンガー・フードも変化一杯。 次々と サーヴィスされます。

でも、人が余りにも多く溢れ、凄い騒音。耳を寄せねば会話もできない状態です。

一角には特別席。そこに マイケル・コースとアナ・ウインター御一行。

 日本のファッション関係者が 代わり変わり私に聞くのは 「これまで 此の大使館のパーティーに来た事ある?」と同じ質問。
「初めて・・」と答える度に「貴女が初めてなら 私が来た事無くても当然」と同じ反応が おかしいほど続きます。

 所で、この日の主賓 マイケル・コースと云えば アナの傍にべったり。 ”ハロー“も言えません。
 大使もスーザン夫人も 何処に居られるのか・・御招待への御礼さえ言えない有様。

 やがてジェニファー・ハドソンの歌声が響き 彼女のファンは大喜びです。
マイケル・コースは壇上で 挨拶したものの 後は又 アナ様大事と寄り添って。

 小雨の中、わざわざ出かけたのに、結局は知り合い達と喋っただけ。何やら空しい気持ちで帰宅したその夜でした。

 ルース大使ご夫妻、有難う。 お疲れ様でした。

2011年11月11日金曜日

「ファッションで パワーを!!!」

あの日から 早8ヶ月余り。

 パワーを得て 元気で活動される方が居られる一方では 大変さや苦しさに じっと耐え続けて居られる方も多い事を想う時、誰もが「もっともっと 何かせねば!」と感じます。

 ファッションの世界でも 色々な企画が催されました。

・“STEP with FASHION” もその一つ。

 主催:読売新聞社
 共催;一般社団法人 日本ファッションウイーク推進機構
 後援:経済産業省/財団法人 日本ファッション協会
    社団法人 日本ファッション・エディターズ・クラブ
 特別協賛:(株)オンワードホールディングス
 協賛:三井不動産(株)
 会場協力:東京ミッドタウン
 ヘア&メーク協力:資生堂ビューティークリエーション研究センター
 制作:SUNデザイン研究所

 ここに集結されたのは、あの「オンワード社」が持つ 世界のトップブランドの服と 其々からのメッセージを添えた ファッションショー。
 入場料の全額は「読売 光と愛の事業団」を通して 被災地の方々の 復興支援に 送られました。

 其の顔ぶれたるや、ダナ・キャラン ジャンポール・ゴルティエ ジル・サンダー  ミッソーニ  ジョセフ  ソニア・リキエル。

 正にパリやミラノの 「最新の魅力を結集した」 ショーでした。  



・ジル・サンダー イン 東京


 六本木の国立新美術館で行われたのは 
 2012春夏 ジル・サンダー コレクション&レセプション

 美術館の広い空間を縫うように作られた曲線ランウェイ。
そこを歩くのは 発表したばかりの
コレクション。それもメンズ・レディスの両方。

 ジル・サンダーのクリエイティヴ・ディレクターに 2005年・就任したラフ・シモンズは 「今の女性の好みに合う様に 進化させてきた」と云います。
ジル自身の持つピュアーな知性や 厳格さに加え、ユーモアや自由さを加えた作品。
 白い綿の持つ 清潔感と 黒で描いたニットの模様が印象的。

 久しぶりに 「これぞ本物!」と 惹き込まれ、楽しんだショー。

 ちなみに間もなく封切られる映画「ミラノ、愛」では 主演女優・ティルダ・スウィントンの着る衣装を ラフ・シモンズがデザインし2011年アカデミー賞の 衣装デザイン賞にも ノミネイトされています。

2011年10月29日土曜日

日本橋架橋100周年 着物ショー

「TOKYO KIMONO WEEK 2011」

 江戸と共に誕生し 葛飾北斎などの 浮世絵にも数多く登場する日本橋。その架橋100周年記念 TOKYO KIMONO WEEK  2011 が行われました。

 1911年に 現在の石造の橋に架け替えられてから、今年で100周年。
伝統を継承しながらも 進化を続ける街、 東京・日本橋を舞台に 日本の伝統「きもの」が持つ価値や文化、うつくしさを発信するのがこのイヴェント。

 特に、近年日本橋界隈には、新しく 美しいビルや店が多く誕生し 銀座に劣らず面白いスポットとして 生まれ変わって居ます。

 10月19日を皮切りに 三越、高島屋における数々の「きもの関連のイヴェント」、更には「東京着物女王コンテスト」や「着物パーティー」等ナド。
 11月3日までの間に「着物を着て行きkimono passport をもらえば この地域の50近い店で 様々な特別サービスを 受けられる特典まで。

正に盛り沢山の行事とサービスで 盛りたてられるのが今回の企画。

 その中での 中核的存在と言えるのが この 「着物ショー」 “きもの・和・日本の美” なのです。

 10月26日 日本橋三井ホールで行われた此のショー。

 三越、高島屋、ワミレスコスメティックスなどの協賛のもと 大出一博演出・構成のもと 20名近いモデルの着る 小紋や紬、訪問着から 華やかな振袖まで 約60点ほどの着物が 観客を酔わせました。
 
 演出・構成に当たる大出氏は ファッション界では日本のみならず 世界の高名なデザイナー達からも 絶対の評価を受ける存在。
 パリからさえ わざわざ彼を招いて 演出依頼するデザイナーが 少なくなかった存在です。
 その大出氏が ここ何年間 熱中しているのが 着物であり 写真撮影。

 今回のショーは 正に「大出ワールド全開」の美と情感で観客を惹き込み、感動に酔わせてくれました。

 大震災を機に、改めて人々の意識が「日本と日本人である事」へと
向って居る今。
 ただ静かにしているのではなく、「活発に行動し、消費する事こそ 再生への一助」の意識も強まって居ます。

 この機会に 私たち日本人ならではの「伝統」や「きもの美」に目を向け、大いに楽しんでほしい物です。

2011年10月8日土曜日

祝! 婦人画報11月号  1300号!!



  世界に あまたある「婦人雑誌」の中でも、これだけ長期間に亙り、常に高い評価と 人気を保ち続けている雑誌は極く稀です。

  創刊は1905年、明治38年との事ですから 其の凄さたるや 並みのものではありません。 しかも、初代編集長は 国木田独歩。あの「武蔵野」等で知られる文学者。

  正に この100年余の「日本女性憧れの象徴」であり、その「歩みを牽引して来た」のが 「婦人画報」だったと言えましょう。

  今回の11月号では 「婦人画報を飾った トップランナーからの伝言」と名付けたページが組まれています。
 1968年から婦人画報に「朱鷺の墓」を 9年の長期に亙り連載され 「婦人誌小説をリードされた 国民的作家・五木寛之氏」を始め、 度々表紙を飾られた 岩下志麻さん等、ゆかり深い人々が紹介されています。

  その中の一人として 私も入れて下さったのは 何とも嬉しく光栄な事。

  想えば この婦人画報とのお付き合いが無かったなら、ファッション・ジャーナリストの道を選び 今日までの長い年月こうして歩んできた私は 存在しなかったでしょう。
大学入学直後の5月、街で声を掛けられ、訪れたのが「婦人画報」編集部でした。
  ジャーナリストを目指していた私にとり、雑誌の編集部は興味深い存在。


「写真を撮りたい」との御依頼以上の興味で 伺った婦人画報社だったのです。

 その後、アルバイト・モデルとして度々 婦人画報社のスタジオに通いました。
 当時既に 沢山存在した婦人誌の中でも、此の本は 抜群に特別な存在。
多くの写真家、デザイナー その他の人々が 「最も望んだ発表の場」が「婦人画報」だった為、ここで 多くの方々との出会いがありました。
 「僕の本にも来てくれないかな・・」と云われた中原淳一氏。
 「撮らせて・・」と云われた写真家・秋山庄太郎氏等・・。

 婦人画報を観た他誌からの依頼も急激に増えて 私のアルバイトは 思いがけなく広がり、同時に「ファッションへの関心」も深くなって行ったのでした。

 モデルのアルバイトは 卒業と同時に廃業。
 現在まで続くジャーナリストへと転身し、以来 「婦人画報」には 長年に亙り 様々なテーマで連載や 単発の仕事も させて頂きました。


 今年・2011年は 日本の国にとっても、又、私自身にとっても「激動の年」でした。

  今、こうして取り上げて頂いた事に、私自身 新しい光の道を感じる想いです。

  そして、心からの感謝と共に 同じページに紹介された 主人「宮内裕が私をモデルに描いた婦人画報の表紙油絵」(当時 彼の描いた表紙画は5-6枚に上ります)、モデルとしての 若い日の自分を 改めて 感慨深く眺めている私です。

  私個人の事はさて置き、素敵なバッグの付録付き、 内容が面白く、素晴らしい充実感を堪能できる「婦人画報11月号」。 
  特別記念号の御購読を ぜひとも お勧めしたいと思います。

2011年10月6日木曜日

ジャガー・ルクルトのアート時計の美くしさ



 「秋の到来」を強く感じる今。心痛む事が余りにも多かった今年だけに、私の気持ちも とかく沈みがち。

  こんな時、私が願うのは 「極上の美」に触れる事。
それも「世界最高」 と言える「美しさ」に。

 私の願いを叶えて呉れたのが、ジャガー・ルクルトの最新作品でした。
 
 2011年8月31日ー9月10日まで開催された ヴェネチア・ビエンナーレ主催の「ヴェネチア映画祭」。

 高名なこの映画祭のスポンサーを 7年連続で務めているジャガー・ルクルト。
今回、此処で披露されたのが ジャガー・ルクルトの得意とする「技術の粋と美」を結集して作られ 「最高の美を備えたアート」的な 宝飾時計です。

・ 「ラ・ローズ」と名付けられた白いバラの花、茎が巻きつき、その先端についた蕾。 何と 開いた花の中央には 時計の針。
 花は1965個のダイヤで 埋めつくされています。
J.ルクルトならではの、スノー セッティング技術により 一段と大きく輝きを放つダイヤ。
 信じがたい程に 研ぎ澄まされた美感覚 そして 精巧な技術力が生み出した アート作品です。

 ・  ラ・ローズ・ブランシュ(白いバラ)
 1輪の大型のバラ。バラ色のサファイアが ダイヤの輝きを際立たせています。
1枚の花弁を そっと動かすと 時計面が隠れ 素晴らしい華やぎのブレスレットに変身。
 正に 夢の様な美しさ!!!

 ・ レヴェルソ・スクアドラ・アート・アイス
 北国の夜、雪がさんさんと 舞い散る景色を想わせる絵柄。

 この時計面をくるりと回せば、裏面が表に出ます。
こちらは 更に 降りしきる雪に包まれた木々を感じさせる風景。
ダイヤの雪、ブルーサファイアは 夜空でしょうか・・
 宝石で 緻密に描かれた「ハイジュエリーウオッチ」の情緒溢れる美が 手元を飾ってくれます。

  正に 夢の様な美しさ!!!

 1833年以来、スイスのジュウ渓谷で 時計と宝飾の技術を合体させ、制作し続けて来たのが このジャガー・ルクルトです。

 熟練した時計職人の技と ジュエラーとしての並みはずれた美感覚と技術力・・それらは398にも上る特許取得が 物語って居ると言えましょう。

 改めて其の凄さ 美しさに 圧倒され 心癒やされた 今回の作品でした。