2012年4月4日水曜日

「ルイ・ヴィトンのプレフォール作品は・・」


気の早いファッション界。桜が咲く今、既に「夏の終わりから秋に向けた作品」の発表です。



 時代を超え 常に絶大な人気を持ち続ける「ルイ・ヴィトン」では・・

「何処か マニッシュで ミリタリー的な味を漂わせながらも 着回しの効くアイテム」が沢山発表されました。

 シックでフェミニン。伝統のルイ・ヴィトンらしさを 更にチャーミングに感じるのは なにやら「生意気」な雰囲気がプラスされたせいでしょうか。

メンズライクな要素が 様々に使われています。
ファスナーやスタッズ、軍服を想わせるポケットにベレー帽、そして男物的なチェック等など。
こんな要素を 丸みをおびたコクーンシルエットやアンクル丈の細身パンツと合わせたり、又、時にはミニスカートと合わせたり。 

何時もの事ながら、素材の素晴らしさや 其の面白さには目を見張ります。
今回 最も注目されるのは 毛皮使いのユニークさ。毛足の長いフォックスで出来た大きなポケットを スカートの両サイドに付け、コクーンシルエットの愛らしさを作ったり、オーヴァーシューズとして、同じ毛皮を靴の上にあしらったり・・・。

秋を感じるカラーパレットには 黒、グレー、濃淡ベージュに加えて目を引くのが 綺麗なピンクや、グリーン等。

アクセサリーの面白さも「欲しい! 使いたい!」想いを 大きくさせます。
ミンクの襟やカフスはごく誰にでも どんな服にも合う便利なものですが、更にレザーから 輝くクリスタルで作られたカラー等。これを使えば シンプルなニットが 「アッと言う間に ラグジュアリーな おしゃれムードに大変身!」

もうひとつ加えたいのは靴。 相変わらず 超高いヒールは沢山見られますが、その中に「おしゃれで実用ピッタリ」な低いヒールがプラスされた事。
爪先に付いた「輝くメタルトウ」の実用パンプスの誕生は「働く女性」に欠かせないもの。
きっと 大きく支持されることでしょう。しかもトウの形がポインテッド(シャープにとがった爪先)の為、ファッション性が より強調され 何とも おしゃれっぽい「大人感覚」です。

 バッグに関しては 今更 その魅力を語る必要も無いのですが、大昔から馴染み深い 円筒形の「パピヨン」が モノグラムモチーフを型押しした 上質カーフレザーで復活されたのは 何とも嬉しいもの。
又、春夏コレクションで人気を集めた 昼夜兼用可能なポシェットも お洒落好きには 注目の的。

こんな喜び満載なのが プレフォール用 ルイ・ヴィトンのコレクションです。

魅力の全てを ここで お伝えするのはとても無理。
御自分の目で見、触れて、着て 楽しみ、納得してほしいものです。


2012年4月1日日曜日

「元気なシャネル!  イヴェント次々と!!」

 あのシャネルが新宿御苑で凄いコレクション・ショーを行った事。TV始め 多くのマスコミで報道されたのを御覧の方も多い筈。

 今回のシャネル・イヴェントは 変化に満ちたものでした。
その中の一つが 1月のパリで発表された パリ・オートクチュール コレクションのショ―。
 新宿御苑内に 巨大なテントを建て行われました。

テント内に入るとまず目を引くのは 飛行機の様な楕円形の窓と肘掛け付きの椅子、シャネルのロゴ C文字を配したカーペット等。

正に“エール・シャネル”「シャネル航空、離陸!」と言った感じ。
飲み物を配るトロリーは白。 ライトを光らせ、モダンな未来的イメージで いとおしゃれ!!

 会場内に 多く見かけるのは パリコレクションでよく会う世界各国ジャーナリスト達の顔。今回、ヨーロッパや南・北米とアジアなど100名を超えるジャーナリスト達が来日したとか。

加えて華やかな顔触れのセレブ達。
シンガーのヴァネッサ・パラディに 女優のサラ ジェシカ パーカーやクレマンス・ポエジ―、中国の女優 周依・・
 
 ショ―開始前から ワクワクさせるムードが広がります。

私が受けたイメージは 正に「現代のフェミニティーを目指して飛び立つシャネルのフライト」。
大きく広がる空や海の 明るいブルーから夕暮れの紺、更に 真夜中の深くダークなブルーとそこに輝く大小の星たち・・

そんなモチーフが 膝上丈からアンクル丈までの長さ、ほっそりショルダーから大きく広がるパフ袖等のシルエットで、「シャープな未来と言うより、フェミニンで 若さ溢れるエレガンス」な作品として表現されました。

 61名のモデル達によるショー。
聞けば、メークもヘヤーも 更にはサウンドまで スタッフの殆どは この為に 来日したとか。

 加えて 更に大きなサプライズは、フィナーレ。
正面の扉が開くとそこに現れたのは飛行機のコックピット!!
 デザインするカール・ラガーフェルドが現れると 会場は割れんばかりの拍手の嵐。
このショーには 東日本大震災の被災者も一部 招待されたとか。

 「よくぞ此処まで!!」誰の顔にも 驚きと満足の笑みが溢れた夜でした。

シャネルの活発さは これが全てではありません。
「リトル ブラック ジャケット」と題する写真展・本出版とパーティー。
 常にシャネルのプレスキットに使用される写真はカール
ラガーフェルド撮影によるものですが。ここではココ・シャネルが生み出し、ファッションの常識となった「Little black jacket」を「現代を代表する著名人達」に合わせて撮影しています。と言っても 只着るだけで無く、肩に、ネオパンクに、 ヘッドドレスとして・・と其の人ならではの形で。

これは 元フレンチヴォーグ編集長・カリーヌ ロワトフェルドとの共同作業。
本も「リトル ブラック ジャケット:カール ラガーフェルドとカリーヌ ロワトフェルドに依る、シャネルのクラシックの再考」と題されたものです。

 更に この「シャネルの元気さ」にもう一つ加えるなら、ファインジュエリー ブティックがパリ・ヴァンドーム広場、ニューヨークに次ぐ 世界で3番目として 東京・帝国ホテルプラザ1階にリニューアル オープン。
 このファインジュエリー ブティック内は2つのエリアに分かれ 最初のエリアには左手にファインジュエリー、シャネルのシンボル「カメリア」や「マトラッセ」モチーフが いとさりげなく そしてゴージャスに取り入れられた品々。ブライダルまでも飾られています。右手は「J12」をはじめとするウオッチ コレクション。

奥のサロンには 暖炉にコロマンデル屏風(ココ シャネルのアパルトマンにも置かれている彼女好みの一つ)に 深々としたソファ。
 此処に飾られたハイジュエリーを じっくりと眺め 試し 楽しみ 考えるのにピッタリなスペース。
建築家ピーター マリノに依るこの店のリニューアル オープン等など、何とも素晴らしいエレガンスと パワーに満ちたエネルギーを見せる「元気一杯なシャネル」です。

2012年3月18日日曜日

映画「アーティスト」



 本年度 アカデミー賞の「作品賞」「監督賞」「主演男優賞」「衣裳デザイン賞」「作曲賞」。一挙5賞受賞で 一躍世界の大注目の的となったのが この作品「アーティスト」。
それ以前から、ゴールデン・グローブ賞で6部門にノミネートされ、アメリカ各州の批評家賞など 何と137の 賞に ノミネート、45受賞と言う 驚きを作ったのがこの映画。

しかも 21世紀の今、3Dどころか、「モノクロのサイレント映画」とあって 驚く人も多いでしょう。
「映画大好き人間の私」にとってさえも サイレント映画を見るのは初めてです。

所が何とも言えぬ情緒と 優しいロマンティック・ムードを 醸し出すのが この作品。
今、想い出しても素晴らしい衣装には はっきり色を感じますし、声も、音も 犬の吠えるのさえ しっかりと思い浮かべられます。

時は1927年のハリウッド。
サイレント映画の人気・大スターの新作舞台挨拶から始まります。
彼と 共演した愛犬も一緒に 熱狂的な拍手で 幾度も舞台へ呼び戻されるのは 超人気俳優のジョージ・ヴァレンティン。
映画館の前も 押し掛けるファン達で大混乱。
偶然押された結果、この大スターのジョージを突き飛ばした一人の若い女性。 
優しく微笑む彼に 感激した彼女は抱きついて頬にキス。
それを撮る並み居るカメラマン達。翌日の新聞1面を大きく飾るその写真。
 この女性は 未来のスターを夢見るぺピー・ミラー。
ジョージの新作のオーディションを受け チョイ役で出演し、彼の目にも 焼きつきます。

 こんな出だしで始まるこの作品。
やがて、時代はサイレントからトーキー映画へ。
声に自信がなかったのか、ジョージは「サイレントこそ本当のアート!」と主張し 遂に会社との契約を破棄し、自主製作に乗り出す。
 全ての製作費を自分で負担した新作は 全く当らず大きな負債まで。妻も去り、運転手の給料さえ払えない状態に。
 この間、時代は急速に動き、ぺピーはトーキー女優として人気急上昇。

 この時代の背景を考えると 物語がとても良く理解できましょう。
 それまでの何年かに 女性達は 歴史上初めて「膝がのぞく短いスカート」のドレスを着、ショートヘヤーで 解放と自由を享楽する社会風潮が広がっていました。
そこに起きたのが アメリカの株価の大暴落。
あの19291024日に起きた「暗黒の木曜日」と呼ばれる大恐慌です。

 ジョージはすっかり落ちぶれ、酒を買う金さえ ままならぬ状態。遂に自殺を・・

 ここで大活躍するのが彼の愛犬。 これが何とも可愛くて しかも凄い名優犬です。
カンヌ映画祭では「パルムドッグ・最優秀犬賞」を受賞。

 最後はこの愛犬の働きもあって無事に目出度くハッピーエンド。

 改めて知るのは 「時代を超えたラヴストーリーの幸せ感と感動!」です。
 こんなに純粋で 温かい愛や 幸福感を呉れる映画こそ 今の私達に必要なのでは・・という想い。
まるで現在の日本、更には不況や戦争にあえぐ世界の国々の為に作られた作品とさえ 言えそうなこの映画「アーティスト」なのです。

©La Petite Reine-Studio37-La Classe Americaine-JD Prod-France 3 Cinema-Jouror Productions-uFilm
 
 


2012年3月16日金曜日

「震災支援の継続」 LOOM NIPPONのホームページ


「震災支援の継続」 LOOM  NIPPONのホームページ


 先回 このブログに書きました「震災支援」の様々の中で御紹介しました「宮城県 南三陸町に 桜を3000本植樹しよう」そして「花が咲いたら 毎年 観に出かけよう!!」というプロジェクトを含むNPO「LOOM NIPPONN」
(代表・加賀美由加里さん)の 正式ホームページが立ち上がりました。

 桜の植樹に加え、他の様々な支援、雇用を生み出す運動などが 次々と生まれています。

ぜひとも下記のアドレスを開き、この運動に御参加下さいませ。
 「少しでも 役に立ちたい」と願う者の一人として、御紹介させて頂きますので 皆様のご参加を お願い致します。

http://Loom.or.jp 

どうぞ よろしく。

2012年3月13日火曜日

映画「マリリン 7日間の恋」


本年、第84回米アカデミー賞で マーガレット サッチャーを演じたメリル・ストリープと賞を競ったのが この作品でマリリン・モンローを演じたミッシェル・ウイリアムズだったのは 皆さん良く ご存知の筈。
アカデミー賞は逃したものの、 世界各地で 沢山の賞を獲得しているのがこの作品「マリリン 7日間の恋」。

ハリウッドの「セックス シンボル」と言われ、没後50年となる今でも あのマリリン・モンローの「不思議な魅力の虜」で居続ける人は 少なくないもの。
女の私でさえ、オードリー ヘップバーンとは また別の存在として マリリンの可愛いセクシーさや マシュマロの様な女っぽさからは 目を離せないオーラと強い魅力を感じ、大好きな女優サンです。

これまで 全く知られなかった彼女のピュアーな恋の7日間の相手として選ばれた 23歳の英国青年が綴った日記からなる 真実のストーリーがこれ。

1956年、世界中の注目を集めて マリリンは新婚早々の
作家・アーサー ミラーと共にロンドン空港に到着。
空港で迎えたのは 新作の監督兼共演のサー・ローレンス・オリヴィエと 妻のヴィヴィアン・リー。
 マリリン自ら立ち上げた製作会社の 初作品「王子と踊り子」撮影の為の渡英でした。

群がるマスコミへの記者会見では 彼女のユーモアで大いに盛り上がったものの、いざ撮影に入ると その行動は別人の様に。
 撮影開始時間には来ない、台詞は覚えていない・・・
スタジオのスタッフ達は 待ちぼうけと 進まない撮影に イラつきを 大きく募らせて行くばかり。

 オリヴィエの知人の息子 と言う事で無理に第三助監督(実は ただの雑用係)に採用された良家出のコリン(23歳)は命じられるままにマリリンの様子を観に行く。

 コリンが観たのは 夫・アーサーから疎まれ、泣いている別人のようにしおれ 可哀想なマリリンの姿。

 オリヴィエからは「セクシーだけの馬鹿女」とみられ、「スタッフは全てが敵」との想いに安定剤と酒で 起き上がれないマリリンを見、若いコリンは 誠実な一人の人間として
優しく接し 慰める。
 
 撮影のオフの日。「急用」と言われ 迎えの車に乗ったコリン。 気付けば 後部座席の毛布の下には何とマリリン、「何処かに行こう」と。
 彼の思いつきでウインザー城から 彼の母校・イートンへ、近くの池で泳ぎ・・。 
自然に溶け込み すっかり心を許したマリリンの姿と その美しさやオーラの虜になったコリン。
はるか年上のマリリンに 「貴女の素晴らしさを スタジオの皆に見せつけて下さい」とピュアーな心で愛を表現する。
 
 やっと軌道に乗った撮影。それは大俳優オリヴィエでさえ
感動させる魅力あふれるマリリンの演技と姿だった。
 順調ばかりではないその後だったが やがては 全て無事終了。
コリンにとり、夢の7日間は終わり 輝く大スター マリリン モンローは ハリウッドへと帰国・・・

 コリン・クラーク(1932-2002)
ロンドン生まれ。イートン校からオックスフォード大学へ。
 その後、TV界に入り100を超えるドキュメンタリー映画製作・監督を手掛けたコリンが 書き続けて来た日記の「特別な7日間」を綴ったのがこの「マリリン・モンロー 7日間の恋」。
映画は原作に かなり忠実に描かれ、撮影場所も かつて マリリンとオリヴィエが撮影した同じスタジオ、しかも
マリリンが宿泊した 其の館を使用して行われたという。

 マリリンを演じるミシェル・ウイリアムズは 正にマリリンそのもの。
特に其の動作から 踊る姿は見事なまでにマリリン。
「彼女あって 初めて撮影開始に漕ぎ着けた」というサイモン・カーティス監督の言葉が頷けます。

 只の伝記でも無く、スキャンダル物でも まして ありふれたラブストーリーでも無いこの作品。
深く心にしみるピュアーな男女の 儚い真実が描かれた感動的な作品です。

「マリリン・7日間の恋」
公開 324日より角川シネマ有楽町他全国ロードショー
配給:角川映画
©2011 The Weinstein Company
LLC. All Rights Reserved.



2012年3月5日月曜日

家庭画報の55周年 記念イヴェント

3月。大雪の翌日。温かな春の青空には太陽サンサン。
この日、日本橋・マンダリンオリエンタルホテルで行われたのが 家庭画報の55周年記念のイヴェント。

 しかもこの日に発売された 4月号は「650号記念号」。「55周年記念号」と銘打って出した3月号は 全国で売り切れ状態とか。
秋山和輝編集長はじめ、会社の皆さんが大喜びで迎えた この お祝いイヴェントでした。

「家庭画報読者」の為に 世界の10ブランドが 「着る人をより美しく、その魅力を引き立て、生活の様々な場面で役立つ」との趣旨で 服等揃え協力されたのがこのショ―。

女優の 美しい賀来千香子さんと 家庭画報副編集長・鈴木東子さん、私の3人でトーク そして 私の解説ナレーション入りのファッション・ショ―。
別会場では 賀来サンを身近にトークを聞き ショ―出品の服など 手に取って眺め オーダーも可能 と素晴らしく盛り沢山に楽しい催し。
会場一杯のお客様、中には男性の方も何人か。
ご夫妻で参加されたのでしょうか。

皆さんの 喜びの笑顔で終わったこの日の「家庭画報創刊55周年」「650号発売記念」のイヴェントでした。


思えば 私にとり「家庭画報」とのお付き合いは何とも
長いもの。様々な思い出に溢れています。

 中でも忘れられないのは 何十年も昔、未だ日本のマスコミが パリやミラノで直接取材することなど 全く無かった時の事。
「旅大好き」がきっかけ とも言える私の仕事。
大学卒業後は 自費で毎年ヨーロッパやアメリカに出かけ、
その都度パリやフローレンス・ローマ・ミラノでコレクショ
ンを観たものでした。

 当時 既に素晴らしい「ハイクオリティーな雑誌」として評価されていた「家庭画報」が 「日本の一流店」という連載をしていられたのをみて 「外国の一流店も取材したら面白いのに・・」と考えた私。
 編集長に提案すると「良いですネ・・」と言われたものの
全く実行される気配もない何年か。

そして 有る時 編集長の交替が行われ「前に言っていたあの案、本当に出来ると思いますか?」と。
私にとり「何故 出来ないと思うの?」と言いたい程にパリやイタリ―のデザイナーやメゾンとのお付き合いは 既に沢山ありました。

 こうして やっと実現される事になった私の案。
でも但し書きは 「編集からは誰も出せません。カメラも現地の人で。」
 加えて「何も出来なかったとしても どうぞ平気で帰って来て下さい」と。
 当時 日本の全マスコミで 外国のブランドを現地取材する例は 皆無でしたので 当然の言葉だったのでしょう。

 最初に行ったのは「エルメス」「シャネル」「セリーヌ」の3店。店内だけで無く インタビューにアトリエまで。
 シャネルではココ・シャネルのお部屋から、「私がオーダーした作品の仮縫い」を装ったシーンまでも撮影しました。

 この記事が良い反響を生んだ為、シリーズはカルティエ、ジヴァンシー、更にはイタリーに飛んでグッチ、フェラガモ、ヴァレンティノ・・・更には 北欧にまで広がったものでした。

 19741月号から始まったのですから、大昔の事です。
現在では「当然の事」になったブランドの現地取材は こうして他誌にも広がって行ったのでした。

 以来 家庭画報は私にとり 特別に親しい存在として続いて来ました。

 今回の創刊55周年は 私にとっても大変に嬉しい、感動の時。こうしてイヴェントのお手伝いをさせて頂けた事を心から感謝するものです。

2012年2月13日月曜日

カルティエの 素晴らしいパーティー


立派な封筒に入ったカ
ルティエ・レッドカラーのカード 金文字でSAVE  the  DATE と書かれ 送られてきたのは、その日取りの かなり前の事。
Theatre  de  Paris  Cartier  GALA  Dinner そして日時、その文字の下に小さく Dress code : Black tie と。

 詳細不明のまま、其の日近く 電話で告げられたのは
「場所はシークレット、車の送迎の時間」だけ。
そして立派な大型招待状到着。勿論これも 色はカルティエ・レッドです。

 さて、当夜。 ハイヤーの運転手さんは「目的地はお話しできません・・」。でも周りを眺めながら、勝手にあれこれと想像するのは 楽しいスリル。回り道して、そのまま屋内パーキングで下車。
会場に入ると 既に沢山の人。知った顔も多い。
生演奏のバンドで シャンパンのひと時。
やがて メイン会場へと案内されました。

片側にステージ、広いフロアーには 12人掛けの長いテーブルが ズラリと。
 驚いたのは そのテーブル・セッティングの素晴らしい美しさ、見事さ!!

テーブル中央に横長の鏡、その上に高低3個の花瓶。カルティエ・レッドと更に深い赤のバラが大きく飾られ 鏡の上にもバラの花びら。 そこに揺らぐのは金銀キャンドルの炎。      全てのテーブルが 同じセッティングです。
余りの美しさ、優雅さに 只 見とれるばかり!!

 気付けば 私のテーブル中央には カルティエ社のCEO 
クリストフ マソーニ氏が。

 やがてステージ上で 彼のご挨拶に続き、世界に先駆けたカル
ティエの 特別映画の上映。
 カルティエのシンボル・パンテールの動きを主役にした  映像、思いがけない背景を疾走するその美しさに見とれます。

 やがてディナーの始まり。テーブルに置かれたメニューには 金文字でキャビアとウオッカに始まる 当日のお料理、シャンパン、ワイン赤白が 記されています。

 次々続く料理の美味に 思わず「美味しい!!」を連発。
その間も 生演奏の音楽は更に ムードを高め、お喋りもはずみます。

 後で聞けば このお料理はパークハイアットのシェフが手掛け、最後のデザートは、「メゾン ド ショコラ」の クリエイティヴ・ディレクターが わざわざこの為に 来日したとの事。 正にパリの粋を集めたディナー。

  この夜の楽しさは 続くアトラクションでも 更に盛り上がりました。
「シルク ド ソレイユ」の女性パフォーマーによる 天井から下がった布を体に絡めて 空中で様々に踊るショー。
男性ジャグラー達が加わったり、女性数人が ユーモラスでコケティッシュな歌と踊りを見せる等など。

最高の驚きは、パリオペラ座バレー団のあのマチュー オとドロテ ジルベールが「ジゼル」の一幕を踊った事。
 先回の来日公演を観に行き その美しさに圧倒された二人を こんな近くで 楽しめるなんて 正に大感激!!
彼等は公演を終えて 直ぐに駆け付けて呉れたとか。

 今回の催しは 「昨年お世話になった皆様にメゾン・カルティエ創立の源である 美しいパリの夜の片鱗を 心行くまで楽しんでもらうのが目的」と聞かされ 何も出来ない私だけに 只 感謝と感激を胸に 大きな幸せ感一杯で帰宅したこの夜でした。