2012年3月16日金曜日

「震災支援の継続」 LOOM NIPPONのホームページ


「震災支援の継続」 LOOM  NIPPONのホームページ


 先回 このブログに書きました「震災支援」の様々の中で御紹介しました「宮城県 南三陸町に 桜を3000本植樹しよう」そして「花が咲いたら 毎年 観に出かけよう!!」というプロジェクトを含むNPO「LOOM NIPPONN」
(代表・加賀美由加里さん)の 正式ホームページが立ち上がりました。

 桜の植樹に加え、他の様々な支援、雇用を生み出す運動などが 次々と生まれています。

ぜひとも下記のアドレスを開き、この運動に御参加下さいませ。
 「少しでも 役に立ちたい」と願う者の一人として、御紹介させて頂きますので 皆様のご参加を お願い致します。

http://Loom.or.jp 

どうぞ よろしく。

2012年3月13日火曜日

映画「マリリン 7日間の恋」


本年、第84回米アカデミー賞で マーガレット サッチャーを演じたメリル・ストリープと賞を競ったのが この作品でマリリン・モンローを演じたミッシェル・ウイリアムズだったのは 皆さん良く ご存知の筈。
アカデミー賞は逃したものの、 世界各地で 沢山の賞を獲得しているのがこの作品「マリリン 7日間の恋」。

ハリウッドの「セックス シンボル」と言われ、没後50年となる今でも あのマリリン・モンローの「不思議な魅力の虜」で居続ける人は 少なくないもの。
女の私でさえ、オードリー ヘップバーンとは また別の存在として マリリンの可愛いセクシーさや マシュマロの様な女っぽさからは 目を離せないオーラと強い魅力を感じ、大好きな女優サンです。

これまで 全く知られなかった彼女のピュアーな恋の7日間の相手として選ばれた 23歳の英国青年が綴った日記からなる 真実のストーリーがこれ。

1956年、世界中の注目を集めて マリリンは新婚早々の
作家・アーサー ミラーと共にロンドン空港に到着。
空港で迎えたのは 新作の監督兼共演のサー・ローレンス・オリヴィエと 妻のヴィヴィアン・リー。
 マリリン自ら立ち上げた製作会社の 初作品「王子と踊り子」撮影の為の渡英でした。

群がるマスコミへの記者会見では 彼女のユーモアで大いに盛り上がったものの、いざ撮影に入ると その行動は別人の様に。
 撮影開始時間には来ない、台詞は覚えていない・・・
スタジオのスタッフ達は 待ちぼうけと 進まない撮影に イラつきを 大きく募らせて行くばかり。

 オリヴィエの知人の息子 と言う事で無理に第三助監督(実は ただの雑用係)に採用された良家出のコリン(23歳)は命じられるままにマリリンの様子を観に行く。

 コリンが観たのは 夫・アーサーから疎まれ、泣いている別人のようにしおれ 可哀想なマリリンの姿。

 オリヴィエからは「セクシーだけの馬鹿女」とみられ、「スタッフは全てが敵」との想いに安定剤と酒で 起き上がれないマリリンを見、若いコリンは 誠実な一人の人間として
優しく接し 慰める。
 
 撮影のオフの日。「急用」と言われ 迎えの車に乗ったコリン。 気付けば 後部座席の毛布の下には何とマリリン、「何処かに行こう」と。
 彼の思いつきでウインザー城から 彼の母校・イートンへ、近くの池で泳ぎ・・。 
自然に溶け込み すっかり心を許したマリリンの姿と その美しさやオーラの虜になったコリン。
はるか年上のマリリンに 「貴女の素晴らしさを スタジオの皆に見せつけて下さい」とピュアーな心で愛を表現する。
 
 やっと軌道に乗った撮影。それは大俳優オリヴィエでさえ
感動させる魅力あふれるマリリンの演技と姿だった。
 順調ばかりではないその後だったが やがては 全て無事終了。
コリンにとり、夢の7日間は終わり 輝く大スター マリリン モンローは ハリウッドへと帰国・・・

 コリン・クラーク(1932-2002)
ロンドン生まれ。イートン校からオックスフォード大学へ。
 その後、TV界に入り100を超えるドキュメンタリー映画製作・監督を手掛けたコリンが 書き続けて来た日記の「特別な7日間」を綴ったのがこの「マリリン・モンロー 7日間の恋」。
映画は原作に かなり忠実に描かれ、撮影場所も かつて マリリンとオリヴィエが撮影した同じスタジオ、しかも
マリリンが宿泊した 其の館を使用して行われたという。

 マリリンを演じるミシェル・ウイリアムズは 正にマリリンそのもの。
特に其の動作から 踊る姿は見事なまでにマリリン。
「彼女あって 初めて撮影開始に漕ぎ着けた」というサイモン・カーティス監督の言葉が頷けます。

 只の伝記でも無く、スキャンダル物でも まして ありふれたラブストーリーでも無いこの作品。
深く心にしみるピュアーな男女の 儚い真実が描かれた感動的な作品です。

「マリリン・7日間の恋」
公開 3月24日より角川シネマ有楽町他全国ロードショー
配給:角川映画
©2011 The Weinstein Company
LLC. All Rights Reserved.



2012年3月5日月曜日

家庭画報の55周年 記念イヴェント

3月。大雪の翌日。温かな春の青空には太陽サンサン。
この日、日本橋・マンダリンオリエンタルホテルで行われたのが 家庭画報の55周年記念のイヴェント。

 しかもこの日に発売された 4月号は「650号記念号」。「55周年記念号」と銘打って出した3月号は 全国で売り切れ状態とか。
秋山和輝編集長はじめ、会社の皆さんが大喜びで迎えた この お祝いイヴェントでした。

「家庭画報読者」の為に 世界の10ブランドが 「着る人をより美しく、その魅力を引き立て、生活の様々な場面で役立つ」との趣旨で 服等揃え協力されたのがこのショ―。

女優の 美しい賀来千香子さんと 家庭画報副編集長・鈴木東子さん、私の3人でトーク そして 私の解説ナレーション入りのファッション・ショ―。
別会場では 賀来サンを身近にトークを聞き ショ―出品の服など 手に取って眺め オーダーも可能 と素晴らしく盛り沢山に楽しい催し。
会場一杯のお客様、中には男性の方も何人か。
ご夫妻で参加されたのでしょうか。

皆さんの 喜びの笑顔で終わったこの日の「家庭画報創刊55周年」「650号発売記念」のイヴェントでした。


思えば 私にとり「家庭画報」とのお付き合いは何とも
長いもの。様々な思い出に溢れています。

 中でも忘れられないのは 何十年も昔、未だ日本のマスコミが パリやミラノで直接取材することなど 全く無かった時の事。
「旅大好き」がきっかけ とも言える私の仕事。
大学卒業後は 自費で毎年ヨーロッパやアメリカに出かけ、
その都度パリやフローレンス・ローマ・ミラノでコレクショ
ンを観たものでした。

 当時 既に素晴らしい「ハイクオリティーな雑誌」として評価されていた「家庭画報」が 「日本の一流店」という連載をしていられたのをみて 「外国の一流店も取材したら面白いのに・・」と考えた私。
 編集長に提案すると「良いですネ・・」と言われたものの
全く実行される気配もない何年か。

そして 有る時 編集長の交替が行われ「前に言っていたあの案、本当に出来ると思いますか?」と。
私にとり「何故 出来ないと思うの?」と言いたい程にパリやイタリ―のデザイナーやメゾンとのお付き合いは 既に沢山ありました。

 こうして やっと実現される事になった私の案。
でも但し書きは 「編集からは誰も出せません。カメラも現地の人で。」
 加えて「何も出来なかったとしても どうぞ平気で帰って来て下さい」と。
 当時 日本の全マスコミで 外国のブランドを現地取材する例は 皆無でしたので 当然の言葉だったのでしょう。

 最初に行ったのは「エルメス」「シャネル」「セリーヌ」の3店。店内だけで無く インタビューにアトリエまで。
 シャネルではココ・シャネルのお部屋から、「私がオーダーした作品の仮縫い」を装ったシーンまでも撮影しました。

 この記事が良い反響を生んだ為、シリーズはカルティエ、ジヴァンシー、更にはイタリーに飛んでグッチ、フェラガモ、ヴァレンティノ・・・更には 北欧にまで広がったものでした。

 1974年1月号から始まったのですから、大昔の事です。
現在では「当然の事」になったブランドの現地取材は こうして他誌にも広がって行ったのでした。

 以来 家庭画報は私にとり 特別に親しい存在として続いて来ました。

 今回の創刊55周年は 私にとっても大変に嬉しい、感動の時。こうしてイヴェントのお手伝いをさせて頂けた事を心から感謝するものです。

2012年2月13日月曜日

カルティエの 素晴らしいパーティー


立派な封筒に入ったカ
ルティエ・レッドカラーのカード 金文字でSAVE  the  DATE と書かれ 送られてきたのは、その日取りの かなり前の事。
Theatre  de  Paris  Cartier  GALA  Dinner そして日時、その文字の下に小さく Dress code : Black tie と。

 詳細不明のまま、其の日近く 電話で告げられたのは
「場所はシークレット、車の送迎の時間」だけ。
そして立派な大型招待状到着。勿論これも 色はカルティエ・レッドです。

 さて、当夜。 ハイヤーの運転手さんは「目的地はお話しできません・・」。でも周りを眺めながら、勝手にあれこれと想像するのは 楽しいスリル。回り道して、そのまま屋内パーキングで下車。
会場に入ると 既に沢山の人。知った顔も多い。
生演奏のバンドで シャンパンのひと時。
やがて メイン会場へと案内されました。

片側にステージ、広いフロアーには 12人掛けの長いテーブルが ズラリと。
 驚いたのは そのテーブル・セッティングの素晴らしい美しさ、見事さ!!

テーブル中央に横長の鏡、その上に高低3個の花瓶。カルティエ・レッドと更に深い赤のバラが大きく飾られ 鏡の上にもバラの花びら。 そこに揺らぐのは金銀キャンドルの炎。      全てのテーブルが 同じセッティングです。
余りの美しさ、優雅さに 只 見とれるばかり!!

 気付けば 私のテーブル中央には カルティエ社のCEO 
クリストフ マソーニ氏が。

 やがてステージ上で 彼のご挨拶に続き、世界に先駆けたカル
ティエの 特別映画の上映。
 カルティエのシンボル・パンテールの動きを主役にした  映像、思いがけない背景を疾走するその美しさに見とれます。

 やがてディナーの始まり。テーブルに置かれたメニューには 金文字でキャビアとウオッカに始まる 当日のお料理、シャンパン、ワイン赤白が 記されています。

 次々続く料理の美味に 思わず「美味しい!!」を連発。
その間も 生演奏の音楽は更に ムードを高め、お喋りもはずみます。

 後で聞けば このお料理はパークハイアットのシェフが手掛け、最後のデザートは、「メゾン ド ショコラ」の クリエイティヴ・ディレクターが わざわざこの為に 来日したとの事。 正にパリの粋を集めたディナー。

  この夜の楽しさは 続くアトラクションでも 更に盛り上がりました。
「シルク ド ソレイユ」の女性パフォーマーによる 天井から下がった布を体に絡めて 空中で様々に踊るショー。
男性ジャグラー達が加わったり、女性数人が ユーモラスでコケティッシュな歌と踊りを見せる等など。

最高の驚きは、パリオペラ座バレー団のあのマチュー ガニオとドロテ ジルベールが「ジゼル」の一幕を踊った事。
 先回の来日公演を観に行き その美しさに圧倒された二人を こんな近くで 楽しめるなんて 正に大感激!!
彼等は公演を終えて 直ぐに駆け付けて呉れたとか。

 今回の催しは 「昨年お世話になった皆様にメゾン・カルティエ創立の源である 美しいパリの夜の片鱗を 心行くまで楽しんでもらうのが目的」と聞かされ 何も出来ない私だけに 只 感謝と感激を胸に 大きな幸せ感一杯で帰宅したこの夜でした。



2012年1月31日火曜日

震災支援の広がり 続々と

 あの大震災から 早1年近くなろうという今、まだまだ
「復興には 程遠い」実際。
被災された方々は 「1年過ぎると 忘れられてしまうのでは・・」と心配されている と聞きます。
 
 日本人だけでなく 世界の人々も 決して忘れません。
完全復興が為されるまで 見守り 支援を 続けてまいります。

 その証に 様々な復興支援の関連ニュースが 私の許にも 次々と寄せられています。

・ 「仏高級宝飾店・”ブシュロン”でも義損金継続決定!!」

パリのグランサンク(最も偉大な5つの宝飾ブランド)の一つ “ブシュロン”では 大人気のリング「マ プルミエール キャトル」と呼ぶ 4色のダイヤ等の宝石を横に並べた指輪。その新製品の売り上げから 新たに又、1年間 義損金を贈り続ける事を決定しました。 

・「南三陸に桜の木を 3000本 植えよう!!」

 これはファッションの世界で 長年 インターナショナルに活動をされてきた加賀美由加里さん(現・英国DORMEUIL社日本代表)が 立ち上げられた運動の一環として計画しているもの。
彼女が立ち上げた組織「LOOM」Love  of  our  Motherland (故郷への愛)。
間もなく正式ホームページも完成し 活動も活発化するでしょう。
其の時には詳しくご報告しますが、この「桜の植樹」には 私も大いに共感しております。
 今は LOOM NIPPON で検索するなど 様々な活動にも ぜひご協力下さい。

・「ハート ブリッジのオークション」

今回 最後にご紹介したいのは、「自分が大事に思う 素敵な品を提出し、それを NETオークションに掛け、売り上げを 義損金にしよう」という運動「ハート ブリッジ」。

主宰されるのは ファッションも含む全てのアート関連のプロデュース、ディレクションを行う会社・GALA-group。
 ここのCEO斎藤祐一郎氏とは 長い長いお付き合いの私。
今回の「ハート・ブリッジ」に関しても 大いに賛同し、参加させて頂きました。
 
私が出品したのは、以下の品々。
・カルティエのシルクストール
・グッチの書類ケース
・エルメスのスカーフ
・ルイ・ヴィトンのペンダント型小ケース。
ルイ・ヴィトンの品以外は全て新品。使うのを楽しみに 大切にしていた品です。

 「被災された方々を想う気持ち」を持っ皆さま。
どうぞ 私の出品物と限らず、 多くの方が出品されるこのオークションに参加して下さい!!
時期は2月に入ってからの予定とか
http://hearts-bridge.jp/oneshot/2012/01/cartier.html


新しい 追加です
http://page.auctions.yahoo.co.jp/jp/auction/151720494

私の品については
http://hearts-bridge.jp/oneshot/2012/01/comming-soon-1.htm

 私の願いは この震災で 親を亡くした子供たちを10年間 支え続ける団体「桃栗育英会」への寄付。
 皆様のご参加を ぜひとも お願い致します。

震災支援活動はまだまだ続き 広がっています。出来るだけこのブログでもご紹介して行きたいと思って居ります。

2012年1月28日土曜日

世界一の リボンメーカー”木馬”


  
リボンを 単なる「髪飾り」としか 考えない人も いられましょう。
それは とんでもない話。

 用途は 非常に広く、洋服から靴、バッグその他 様々に使用されています。
時には 世界が注目するトップデザイナーにとり、服の最重要デザイン・モチーフにさえ 使われているのがリボンなのです。

昔から何百年にも亙り 高級リボンはフランスかイタリー製 と決まっていたものです。
 所が現在は 日本のリボンメーカー「木馬」が 「世界一」の座を維持しています。

 東京・蔵前にある「木馬」の店。リボン専門店と コード、ブレードなどを揃える店の二つが直ぐ傍に並んでいます。

 手芸ブームと言われる現在、あらゆる種類の色・素材変化に対応した 信じがたいほど 多種多様な品を揃えた店内には 素人女性客の姿も見かけますが、 外国からわざわざこの店での買い付けの為に 来日する「プロの客」も多い事
を知る人は 少ないでしょう。

 誰もが良く知るシャネルやルイ・ヴィトン・・・、フランスやアメリカのトップ ブランドの人々が 其の製品製作の為、わざわざ来日するのは この店にとって 決して珍しい事ではないとか。

 「木馬」はパリにも ニューヨークにも お店を持っています。けれど在庫の豊富さを考える時、担当者たちは1-2泊予定で 来日し、買い付けを するのでしょう。


 想い出すのは もう20年余りも 昔の事です。
娘の彩は 大学卒業後、1年間 文化服装学院の特別科に通い、誘われるままに 雑誌その他にファッションについて書く「コラムニスト」になりました。
 けれど「もっとファッションを知り 服創りの内部も知りたい」と パリでスタージュ(無料で働かせてもらいながら、学ぶシステム)を希望し、 親しくしていた「バレンシアガ社」に通っていた頃の事。
「今日は お使いで 「木馬」にリボンを買いに行ってきたの」と 幾度か話していました。

当時でさえ 「木馬」の製品は 本場パリの品を抑えて 多くのデザイナー達が選ぶ 重要なリボンになっていた事は コレクションの裏側を ある程度知っているつもりの私にとってさえ 嬉しい驚きでした。

 
 あの当時から更に進化を続けた「木馬」。

弟さん・渡辺啓史氏を社長に、 御自身はマネ―ジング&アーティスティック ディレクターとして、様々な分野を担当されるのは 先代社長の お志を受け継がれるお嬢さん・渡辺敬子さん。
物静かな女らしさの中に 熱い情熱を感じさせる女性です。


 ファッション界で 素晴らしい活躍をなさるデザイナーは大きな注目を 集める存在ですが、 一方、無くてはならない 非常に大切なもの。それが素材です。

この分野での 日本の存在とその力の絶大さを 知る人は意外と少ないのが事実かもしれません。
 デニムを始め化学繊維等、 実に多様な「味わい」や「機能」を生み出す 日本の繊維、布地の凄さ。
加えて 最高の美とエレガンスを見せるリボン等、 日本製品への評価は 世界のファッション界でも 驚くほどに大きなものです。

  日本女性らしく、優しくもの静か。それでいて しっかりと行動される 情熱的な 「木馬」の渡辺敬子さん。

決して外面の強さだけが 本当のパワー、素晴らしさではない事を 改めて再確認し 大きな「歓び」を感じる私です。

 ちなみに 下記が「木馬」東京店のアドレスです。
111-8518 東京都台東区蔵前4-16-8
TEL 03-3864-1408
FAX 03-3864-4201

2012年1月23日月曜日

「ニュージーランドへの旅」  4 政治の良さ



ニュージーランドは日本と同じ 島国です。

その広さは、日本の本州、九州、四国、北海道から 北海道分だけを差し引いた面積と ほぼ同じとか。
人口は 北島、南島と呼ぶ 二つの島に、日本の四国分の人口が住んでいる と考えれば 理解しやすい様です。

当然 一人あたりの専有面積は ゆったりしています。
けれど、この国の住み易さは 単に人口が少ないからという理由だけでは無く、「政治の良さ」に有るようです。

・NETで「世界腐敗認識指数」を検索してみると 政治の良さが 改めて認識出来ます。

 この指数は「公務員、政治家がどの位 腐敗しているか。その度合いを国際比較し 国別ランキングしたもの。
 世界180カ国を対象に 10の機関が調査した 13種類のアンケートの報告書を統計処理して作成されます。

指数CPIは「最も清潔を表す10」から 「最も腐敗している0」の範囲で採点され、トランス ペアレンシー インターナショナル(TI)が1995年以降 毎年発表しています。

これに依ると 2003年以後、毎年 世界第1位の「清潔度」を保持し続けているのが ニュージーランド。

 2011年度の結果を見ると、NZ1位に続き、2位デンマーク、フィンランド等、北欧の国が続き、日本は2009年に17位だったのが、2011年度は14位と 政治、公務員の清潔度は 僅かでも上昇。これだけで「自民より民主が良い」と言い切ることは出来ませんが・・

 その他、ドイツが日本と並んで14位、イギリス16位。
アジアではシンガポールが 日本よりはるか上の5位、香港12位、韓国43位、中国75位。
そしてロシア143位、最下位・182位は北朝鮮とソマリア。

 NZに住む娘がしばしば口にするのは 「税金は決して安くはない。
でも 十分納得できる使い方をしてくれるから、文句はない」という言葉。
 出産から教育その他、毎日の生活の中で感じる税金の使途に「安
心と納得感」を持てる事こそ 国民にとっては 何より大切。

 どこに消えたか不明な税金、愚かさに怒りを感じる大臣や政治家、
己が利益を最優先させ、天下り先を確保する官僚たち・・

 「他の多くの国よりCPIが上」でも NZの住み易さや 政治への信頼性を見た私にとり、日本の政治家、官僚への「不信感」は増すばかり。

本当に困ったものです。