2013年4月13日土曜日

サッチャー元首相逝去



4月9日 新聞各紙は、大きく 英国のサッチャー元首相の死去を報じました。
「鉄の女」と呼ばれた彼女ですが、私にとっては 「強い女」「頑固な保守主義者」「共産ソ連を崩壊させた」と言う政治家の面以上に
何とも細やかな心使いで 人を和ませてくれたチャーミングな女性としての想い出が 大きく残って居ます。

 丁度 英国経済が不況、ストライキ多発などで「英国病」とまで言われた時代に首相をされた彼女。
ロンドン・コレクションがスタートし、下町の若者達の間で“パンク・ファッション”が多くみられたこの時代。
私は毎シーズン ロンドンのプレタポルテ コレクション取材の為 この街を訪れていました。

それは 1988年の秋。コレクションの終わり近く、送られてきたのは なんと首相官邸で催されるパーティーへの招待状。
イギリスの人々が“ナンバー テン”(No10)の愛称で呼ぶ あのダウニング ストリート 10番地 にある首相官邸への サッチャー首相からの招待状です。
封筒の中には 招待状と共に 第一関門、第二関門の通行証も
入って居ます。
 
 当日は車を呼んで 出掛けました。
フランスの大統領官邸には それまで幾度か伺って居ますし、TVで取材した事さえありましたが、イギリスは 初めての事。
大きな緊張感を以て出掛けたのは言うまでも有りません。

 無事関門を通過し建物に入ると、そこは木造のかなり質素な作りです。フランスに比べ、煌びやかな王宮的なムードは全く感じられない造り。木の階段を2階に上がると部屋の入口にいかめしい男性が立って居ます。
 私の前に入った方を眺めると、部屋の中央に あのサッチャー首相が立っておられ 其の男性と笑いながら握手をしていられます。
「きっと親しい方に違いない・・でも私は初めて」。緊張感が増して来ました。
手にした招待状を渡すと いかめしい入口の男性は 大声で「ミセス ジュンコ オオウチ!」と。
 部屋の中に入り、型にはまった「御招き、有難うございます。
御目にかかれて光栄です」と言う私に、彼女はにこやかに
「まあ! 何て素敵なブローチをしていられるの! 何処でお買いになったの?」と。
私も 思わず「これ、ロンドンで買ったのです。とても気に入っていまして・・」
 此の短い会話が私の緊張感を 全て溶かし ウキウキ気分で大広間へと移ったのでした。

 パーティーが始まると サッチャーさんの周りには常に 沢山の人達。 とても傍でお話できません。
 そんな時、ロンドンで活躍していられたデザイナー・鳥丸軍雪さんが「大内さん、せめてさよならの挨拶くらい しに行こうョ」と声をかけて下さったのです。
二人で人の群れの中に入り 少しづつ 近ずいた時「あら! ユキ!」と声をかけて下さったのは首相でした。
「ご無沙汰して居ります」と言う彼に 彼女がごく自然に言ったのは「昨日 ファッションフェア―会場の視察の時 貴方のブースを覗いて 会えるかなと思ったのに居なくて残念だったわ,ユキ!」と。
改めて私を紹介するユキさんに「さっきも。素敵なブローチの事、お話ししましたね」と まるで古い友人に対するように微笑みかけて下さいました。
 彼女の振る舞いは、ジャーナリストである私に ユキさんがどれ程 英国で認められているかを示すと共に、日本への親しみを現すもの。

 彼女について 更に感激したのはその翌年の事。
其の時は 首相を主賓として迎えるパーティーが行われました。
マスコミのカメラマンたちは「会場内での撮影は一切禁止。インタビューも勿論禁止」とあらかじめ知らされたパーティでした。

世界各国のTV,新聞雑誌その他のカメラは 会場外の廊下に紐を張り その内側にカメラを据え 彼女の通る姿を撮影するだけ、という設定でした。
 会場の中に入れるのは 招待された人のみ。
私は幾度も カメラの所まで出たり 会場中に入ったりしながら彼女の到着を待ちました。

 丁度カメラそばに出た時です。
先導の男性に導かれて彼女が姿を見せました。カメラが待ち構える場所、会場まで僅か15メートルほどの距離に来た時です。
 何と彼女が立ち止り後ろを振り返りました。後ろから来るのは
パンク姿の若いデザイナー何人か。
若い彼らを待って カメラ前で話をしています。やおら「折角だから、皆で一緒に撮って頂きましょう」と言われたのです。
全員が彼女を真ん中にしてカメラに向かってにっこり。
「皆さん御苦労さま! 良いですか?」と 会場へと入って行かれました。
首相とパンク姿のデザイナー達との面白い対比に大喜びしたのはカメラマン達。翌日の新聞に其の姿が大きく乗ったのは言うまでも有りません。私のTVクル―にとっても、大きな収穫でした。

 当時、日本の或る首相が、宴席で女性を口説き、それが表沙汰になり辞職したスキャンダルが話題になりました。
それだけに「彼女の賢さを少しでも見習ってほしい!」と強く感じた事が忘れられません。

心から 御冥福を お祈りしたい サッチャ―元首相のご逝去です。