2014年5月24日土曜日

植物大好き 花大好き


こんな私の好みは 若い時も今も同じ。何時でもどこでも、熱中してしまう。
嘗てはセカンドハウスの庭中にホースを巡らせ、タイムスイッチ式散水機を設置。
 又「季節ごとに どの肥料をやり、何をすべきか」の表を作ったり、庭の一角にコンポスト2個を置いて、枯葉や料理くずを入れ 自家製の堆肥を造る等したもの。

 現在は頂戴したバラの鉢などを いかにして長持ちさせ、次の年にも沢山の花を付けて
呉れる様、面倒をみる。そして 眺めるのが 大きな楽しみ。

薔薇の季節の今、我が家のベランダには沢山の薔薇が咲き誇って居る。
去年頂いたもの、其の前の物等。其々に贈って下さった方々への思いがあり、眺める喜びと楽しさは大きい。
 
日毎に気温の上がるこの季節。水やり、其の後にはお礼の肥料・・・
虫が着かないように気配りするのも大事な事。殺虫剤を撒くのも大切。

季節ごとに違う花が咲くのを眺め、幸せを感じる私である。

2014年5月7日水曜日

「家庭画報」6月号が出ました


     短期集中連載「大内順子 人生の旅路その2」

5月号より私の自伝的な 連載を始めて下さった「家庭画報」。
現在は6月号が出ています。

上海で生まれ、太平洋戦争直前に母・姉と共に帰国。疎開先の岡山で終戦と父の帰国を迎えた私。
 戦後の新法律「農地解放」で 大地主だった先祖の土地・福岡の八女に移り
その後、父が愛知大学教授と成った為に 移り住んだ豊橋市。
 小学校だけで 6回も転校を重ねた私が高校は 一貫して豊橋に住み。良い友人に恵まれ、未だに交流して居る事を考え、改めて 戦争と子供の関係を 考えさせられたのが今回の連載です。

7月号が出るのは、6月初め。ここでは思いがけない事から大きく展開して行く青山学院の大学時代へと展開して行きます。
 
 人間の一生とは全く 予期せぬ出来事の連続。
良い事 悪い事、うれしい事 悲しい事、文字どうり山坂色々。
予期せぬ事がおこるものです。

私の変化に富んだ人生と 御自分のそれとを想い合わせ、希望や幸せを見つけて頂けると、と強く、強く願う私です。

2014年4月29日火曜日

映画「イヴ・サンローラン」

フランスで大評判の新作品

 「字幕が入った直後 初めての試写」とメールでのご連絡に「何をおいてもぜひ拝見したい!!」と出掛けたのがこの作品。
噂は聞いていたものの、驚いたのはサンローランが生き返ったのかと思うほどに そっくりな俳優!!
 コメディー・フランセ―ズのピエール・ニネ。
イヴの「相棒」とも言える 経営面その他全てを仕切るピエール・ベルジェを演じるのも同じ劇団の俳優。

 「イヴと一緒に集め、愉しんだこの美術品を 一人で眺めるのは 辛過ぎる!」と言うベルジェの言葉がささやかれる画面。 クリスティーズのオークションに掛ける為、作業員たちの手で美術品が次々と運び出されてゆく。そして映像は若い日のサンローランを映し出す。
黒縁の眼鏡から見える はにかんだ 優しい眼、ささやかな笑みを現す口もと 細く長身な姿。
その目は若い男に向けられている。

疲れ果て 旅立ったディオール氏の後継者として 21歳という若さでデビューし、大成功をおさめた仕事面はサラリと、私生活をより重く扱った今回の作品。天才の持つ弱さ、人生の迷いなどが胸を打つ。そんな彼を支え、全てを仕切ったベルジェ氏。
この二人を中心に描いた映画。

長い間、彼の表と裏の面を眺め続けて来た私だけに、想いはより深く大きい。
華やかなコレクションや、多くのセレブに囲まれる彼、その一方では 疲れ、酒と薬に、よろめきながらもなんとかフィナーレに出る彼。
遂に「サンローランが死んだ」と噂が広まり、更には「サンローランは死んでいない」との新聞記事が出た事等も想い出される。
死亡記事は普通でも「死んでいない事」が新聞記事になるなど前代未聞。
今は亡き彼を想い、様々なシーンがこの作品とダブり 見えない場面を思い起こすなど 何とも深い 切無い想いで眺めたのだった。

 彼が常に選んで居たコレクション会場、ホテルの大広間。
エプロンステージ正面に作られたモデル達の出口は溢れんばかりの白い花で大きく縁取られ、モデルのかぶる帽子が大きなシャンデリアに当りそうになる、正面やや左手には短い髪のジジ ジャンメール(人気絶大なダンサー)や金髪をなびかせたカトリーヌ ドヌ―ブが座って居た事等を想い出す。
 
 あれはかなり昔。YSLの特別な記念日のパーティーがシャンゼリゼ沿いの大キャバレー・リドで行われた時の事、元アメリカン ヴォーグの編集長、彼の才能をいち早く認めたダイアナ ブリーランドが YSL作品の一つ、重いほどに金のビーズ刺繍をたっぷりと付けたジャケット姿で出席され、一方では 黒のタキシードで輝く様に美しかったカトリーヌ ドヌ―ブの姿も想い出される。

 その他、テアトル展(舞台装置、衣装などのデザインを好んだ彼)、化粧品スタートの発表会、ルーブルのテントで行われたパーティ、メゾンで度々お見かけした彼の母上のお姿等等。
 中でも私自身にとって強く記憶に残るのは コレクション直後のバックステージでTV番組の為のインタヴユー。其のシーズンは何人ものデザイナーに 「貴方にとって オートクチュールの存在とは何ですか?」と質問したものだった。
 YSLにも同じ質問をすると、彼は あの静かの頬笑みをたたえた顔で10秒ほど考えた後、「It’s my heart !!」と 静かに答えられた。
その時、後方からベルジェ氏が大急ぎで近寄って来られる姿を カメラがとらえて居た。
 このシーンは未だに番組の宝として、保存されている。
その他、パリ中心部から少し離れたサッカー場で行われた大回顧ショー、そして引退発表時に行われたショ―。
更には彼の生前から、毎年送られて来たクリスマス・カード等等。

20108月 パリのプティ・パレでおこなわれたYSL衣裳展を観た時、クリスマスカードを集めた小冊子を求め 同じものが我が家の倉庫に眠っている事を考え、感動と悲しみを新たにしたのだった。

現在、YSL社はグッチグ ループに売却されたものの、彼自身の作品は生前、ベルジェ氏の造った巨大金庫の様な倉庫に 温度・湿度等 完璧な管理下で保存されている。
この設備を公開した日の事も 忘れられない。

この映画から 私の中には更に多くの記憶が甦っている。

20世紀を代表する 偉大なクリエイタ―の存在はファッションと無関係な方々にとっても 興味深いに違いない。


 今秋角川シネマ有楽町他でロードショー
 ©WY productions-SND-Cinefrance 1888-Herodiade-Umedia

 



2014年4月13日日曜日

ピアジェのパーティーに感激!!

Rose  Passion の夜

J・ロブションはピアジェの薔薇屋敷
世界に誇る高名な宝飾店・ピアジェが素晴らしいイヴェントを行ったのは 4月8日の事でした。
場所は恵比寿のレストラン“Joel Robuchon”。
しかも、ピアジェ社の会長・イヴ ピアジェ氏が私たちを迎えて下さったのです!!!
加えて、この夜は何と ジョエル ロブション御当人が来日され、調理されたお料理!
ピアジェ作品を付けたモデル
彼はピアジェ会長とはお友達・加えてこの日はロブション氏のお誕生日とか。
彼の手掛けたお料理の美味しさは素晴らしく、一口食べる度に思わず「美味しい!!」と言わずに居られない!

 テーブル上には「ピアジェ ローズ」と名付けられた 香り高く深いピンク、芍薬の様に花弁が幾重にも重なった薔薇が飾られています・・

 この夜のタイトル“Rose Passion”。これは正に イヴ ピアジェ氏そのもの。
彼は世界の「新種の薔薇コンテスト」の会長を務め、1982年に このコンテストで金賞を得たバラに全会員が「ピアジェ・ローズ」の名称を贈りました。
更に彼の情熱は多数の薔薇園の整備にも力を貸して居られます。

 この夜に飾られていた写真、ナポレオンの妃・ジョセフィーヌと其の館マルメゾン宮。ここもピアジェ氏が ばら苑の整備に力を注いだ事で知られて居ます。
 当然ですが宝飾品のデザインにも このピアジェ・ローズが生かされて居ます。

 又 モナコ公国の薔薇園を整備させたのも彼。そのお礼か、彼はモナコの市民権を受けていられるとか。
白いドレスの荒川さんとピアジェ会長
当日の特別ゲストはピアジェのアンバサダー・荒川静香さん。
フィギュアスケーターとして2006年のトリノ・オリンピックでゴールド・メダリストとなった 美しい彼女に ピアジェ氏はぞっこん。
間もなく婚約される彼女、エンゲージリングはピアジェのポセッションに決めている事も彼を喜ばせているのでしょうか。

バラをモチーフにしたネックレス
その夜、私の席はピアジェ氏の正面。そのお隣は荒川さん。そして私の右隣には「家庭画報」の編集長・秋山氏。左には「婦人画報」編集長の出口さん。
私の愛する息子と娘とも言えるお二人だけに、何とも楽しく 幸せなひと時。
此処までの心使いをして下さった広報の今井扶美子さん、そして今回のすべてを統括されたピアジェ ジャポンの社長、ニコラ ジャカール氏に 大感謝!!!

最高の喜び、素晴らしい一夜を心から感動し 楽しんだ私でした。

食事前に堪能したピアジェ・ローズ関連の 超美しく、繊細でしかも豪華な沢山の宝飾品と共に、「忘れられないピアジェのディナー」と成りました。


 

2014年4月5日土曜日

「WAREW」(和流)化粧品

スキンケアの真髄は、日本の美の中にある。

本年3月末に発表された 新しい化粧品WAREWは 独自のテクノロジーで4種の生薬成分をまったく新しい美容成分へ進化。細胞の新生力を高める効果の高い化粧品です。
・梅 古来より抗菌効果、疲労回復効果更には健胃・整腸・強心作用。更にメラニン産生抑制効果、抗糖化、抗酸化、抗炎症効果等も認められます。
・桜皮 桜の樹皮には解毒、解熱、咳や痰を止め弾力保護効果があります。
・赤松の葉 血流促進、痰を止め鎮痛、健胃に加え抗糖化、抗酸化、バリア機能改善、弾力保護等の効果が認められています。
・厚朴 古来、刀の鞘にも使われて来たホオノキの樹皮エキスは抗糖化効果が有ります。

上記と 奄美大島近隣の深海の水、別府の温泉水等を使用し、全ての製品は天然由来成分95%、国産成分90%で創られています。
その結果 シミ、たるみ、しわ等に根底から働きかけ 肌の張り、艶、輝きを高めます。
加えて白と赤、日本国旗カラーのシンプルなデザインも魅力的。

それがWAREWブランドの特徴であると言われます。

発表当日は 着物姿の女性たちが、御菓子と抹茶を出して下さる等、文字通り「和」のイメージ、其れも桜咲く 春のイメージ一杯の会。

美しい日本の魅力を 強く感じさせてくれた午後でした。

2014年4月3日木曜日

家庭画報5月号


 大内順子 人生の旅路

今、本屋さんの店頭にある雑誌「家庭画報」5月号を是非ご覧頂きたく お願い致します。
この本の162ページから6頁にわたり 私の歩んできた人生の旅路を 紹介される短期連載がはじまりました。
文字通り 生まれてから、今日に至る迄の長い人生。
上海で生まれ、戦争で各地を転々と動いた幼い日。
仕事的には、学生時代のアルバイトモデルに始まり 大学卒業後のファッション・ジャーナリストとしての活動等。雑誌、新聞、TV,更には講演など等、様々な事をさせて頂いた日々。
そして現在。

第1回目の家庭画報5月号では 生まれ、幼い日を過ごした上海等をメインにして居ります。
 
 かなりの数の写真を使用して居りますが、其の大半は「写真大好き」で現像、焼き付けまで
自分で行った母の手に寄るもの。
当時の上海生活の様子なども含めてお楽しみ下さると幸せです。    大内順子







2014年3月30日日曜日

シャネル日本の社長コラス氏、大統領より綬勲

 シャネル日本社の社長、リシャール コラス氏が この3月26日に
フランス大使館においてクリスチャン マセ駐日フランス大使の手で国家功労賞(L’ORDRE  NATIONAL  DU  MERITE)を授けられました。

この勲章は かの高名なレジョンドヌールに次ぐものとか。非常に高位の勲章との事(仏大使館の説明)。
当日は 高円宮妃殿下を始め 非常に多数の方々が大使館の御招きで集まり、 コラス氏の素晴らしい受勲をお祝いしました。

 恒例に従い、先ずマセ大使から コラス氏のこれまでの日本における功績の数々が紹介され(在日フランス商工会議所の会頭、仏政府対外貿易顧問委員会日本支部、欧州ビジネス協会会長)、そしてシャネルの社長など等。

その一方では作家として2006年に何と純愛小説「遥かなる航跡」に始まり長編、短編など何冊かの小説(彼自身が日本語、フランス語で書いたものも多い)を執筆「フランスでは、むしろ、作家としての認識で人気が大きい」(マセ大使の御言葉)と言われる彼。
大使の御言葉に続いて彼が話されたお礼の言葉が又、最高でした。
「この勲章を頂く話を聞かされた時、私は嘘だと思いました。信じられなかったのです・・・」に始まり、如何に彼自身が「嫌な奴」であるかを並べ立て、「今、私はエルメスのネクタイをし、ベルルッティの靴を履いていますが、これは好きだからではなく、何処かに欠点が有る筈だからそれを探し出す為・・」
そして最後には「皆さんにとって最悪のニュースです。今朝、私は健康診断をして来ました。結果は悪いところ皆無です」と。全員が彼のウイットに溢れたスピーチに笑ったのは言うまでも有りません。

その後には何時もの 流暢な日本語での御礼も。「この勲章は私が頂いたのではなく 支えて下さった皆さんの物・・・」と。

 当日の祝辞は 根津美術館館長・根津公一氏、
乾杯の音頭は 高円宮妃久子殿下。

今回のコラス氏の綬勲は 当日集まった方々全てが 何よりも嬉しい事でした。

彼・リシャールとは一体、何年間の御付き合いでしょうか。数える事さえ難しいほどの長さ、親しさ、歓びです。
 初めて会った頃にはまだシャネルでは無く、ジバンシ―社の社長でした。
その間に ジバンシー氏を日本に招くやら、オ―ドリー ヘップバーン迄も御連れする等の4年間。その後、シャネルの社長と成り、既に何十年か。

 彼の故郷、南仏の御宅に伺った事も3回ほど。
当時 彼の御父上が 小型の飛行機を持って居られ 乗せて頂いた事も忘れられないものです。元パイロットでいられた父上、今は亡くなられた事を想うと 涙があふれます。

リシャールの御実家はアビニオンの近く、セギュレと呼ばれる所で、兄上が オーナーシェフのレストラン・ホテルをなさっていられ、そちらで泊めて頂き、御馳走になるなど。
或る時にはTVクルーと共に泊めて頂き、アビニオンからセギュレ、そして御家族全員の御紹介まで行う番組を作った事さえありました。
お陰で私はアビニオン市よりメダルと金貨を頂き、更にはセギュレの教会でセギュレ・ワインの騎士に成る事を宣誓した事もありました。

娘・彩は彼の結婚式に出席し、其の翌日に仕事で行くニースまで 御友人が車で送って下さる等。今想えば 様々なシーンが甦ります。

勲章授与式の当日。 奥様・奈緒子さんは御着物姿。御子息の怜ラファエルちゃんは 来られませんでしたが、既にリシャ―ルの肩ほどの背丈になられたとか。

日本大好きな彼リシャールだけに、御住いは東京でも 週末には別宅の鎌倉で執筆活動をされる等、如何にも彼らしい生き方と感心するばかりです。

母国語のフランス語を話されるのは当然ながら、難しい日本語で執筆をされ、
ビジネスには欠かせない英語、加えて中国語も学ばれたとか。
写真、音楽など その趣味もプロの域。

 この素晴らしい存在・リシャール コラス氏の益々のご繁栄を願う私です。